活動報告/クオリア京都
第1回クオリアAGORA_2014/~イノベーション・ソムリエ論
初年度は、「科学技術と社会との新しい関係」、2年目は、ちょっと先のことを考えようということで「2030年の未来を考える」、そして、今年は「京都から挑戦する"新"21世紀づくり」をテーマに掲げさせていただきました。 近代西洋文明が破綻して、次の価値をどう作っていくかが問われている今、この京都で幅広い議論を重ね、新たな気づきや提案ができればと考えております。
第1回は、まず、この春から京都大学思修館の教授になられました山口栄一さんに「イノベーション・ソムリエ論―日本の企業は、立ち直れるか?」をテーマにスピーチをしていただきます。 その後、4人のディスカッサントに山口さんもまじえ、今日のテーマをさまざまにもんでいただく討論、そして参加者全員によるワールドカフェでの「ワイガヤ議論」につなぐという、これまでのクオリアAGORAおなじみの形で進めていきたいと思います。
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スピーチ 「イノベーション・ソムリエ論―日本の産業は、立ち直れるか?」
京都大学大学院総合生存学館教授 山口 栄一
クオリアAGORAの初年度(2012年度)も私は、第1回のプレゼンターになる栄光に浴し、その時は「原発事故」をテーマにいたしました。 今回は、全く違う話として産業の話をしたいと思います。 実は「科学・技術・イノベーション政策のための科学」というJSTによる国家プロジェクトがありまして、その研究代表者として2011年度以来ずっと調べてきたことがあるのです。 それが、3年分たまりましたので、その成果をみなさんにお話ししたいと思っています。
今年の2月に京大の湯川記念館で行なわれたAGORAで、一橋大学の齊藤誠さんが、「原発危機の経済学」というスピーチをされました。 そのときの「交易利得・損失の推移」のグラフです。
齊藤さんは「日本はこんなに危機的なんだ」とおっしゃり「交易利得が、今や止めどもなくマイナスになっていて、今後、日本は莫大に所得が漏出して立ち行かなくなるかもしれない」と話されました。 その時から、このことに私は興味を持ち、貿易収支を実際に調べてみました。
このグラフが財務省の貿易統計から調べた日本の貿易収支の推移です。 縦軸が貿易収支額、横軸は暦年です。 全産業が載っておりまして、このオレンジのラインが鉱物性燃料、いわゆる「石油等」です。 福島の原発事故以前から、もうずいぶん輸入超過になっていることがよくわかります。 総額でいうと、日本の貿易収支は今大赤字で、大体マイナス11兆円ぐらいです。 「石油等」はマイナス26兆円。 いっぽう上にある紫で引かれたラインは自動車産業です。 つまり日本は、エネルギーで相当損をして、自動車産業の稼ぎが何とか日本を支えてくれているというのが原状です。
縦軸を拡大して、マイナスがどんなものか見てみます。 すると、日本の足を引っ張っているのは二つあることがわかります。 一番被害が大きいというか、日本がどんどんシュリンクする原因を特に作っているのは、それはバイオ・メディカル産業、特に医薬品産業です。 このあずき色のラインがそうで、これ実は、ずっと赤字です。 しかも2003年くらいからこの赤字の幅がどんどんひどくなって、今や、マイナス約1.8兆円の赤字を日本にもたらしている。 輸入超過ですね。 つまり日本の産業の中で、日本の足を引っ張っているものの中で一番深刻なのは、医薬品産業、つまりバイオ・メディカル産業なのです。
そこで、バイオ・メディカル産業というのはどういう構造をしているのか、なぜ日本は、バイオにものすごいお金をつぎ込みながら、全く産業がダメなのかを、今からお話ししたいと思います。 この医薬品の貿易収支推移のグラフは、対アメリカだけを示しています。 これが一番わかり易い。 対ドイツもひどいんですが、対アメリカが一番ひどく、傾向がよく表れているので、これを使いました。 輸入と輸出とを分けました。 この青が米国への輸出です。 それで、一見、1988年から2003年ぐらいまではずーっと輸出は上がってきています。 好調だったわけです。 それに対してアメリカからの輸入は、ほとんど一定ですね。 ところが、2003年で、ある種の相転移が起きます。 その時点から、アメリカからの輸入が、ものすごい勢いで増えてるわけです。 一方、日本のバイオ・メディカル産業は、どんどん縮こまっていったことがわかります。
2003年に、いったい何が起きたのか。 これは、創薬の方法論が変わってしまったことに因ります。 いわゆるDNA創薬のような高分子の創薬において日本は完全に戦略を間違えたのです。 これは、日本人の研究者や技術者がダメだったから起きたわけではなくて、実は、日本の戦略的なミスであり、そのことを、これからエビデンス・ベースでもって説明します。
そこに行く前に見ていただきたいものがあります。 先日の朝日新聞にでかでかと出た記事です。 カーライル・グループ共同創業者のデビッド・ルーベンスタインさんが、日本の産業がどうしてダメになってしまったかを話しています。 「最近の日本にはアキオ・モリタが少ない。 大企業志向が強い日本の文化的な問題がある」と言っています。 この類型的なコメントに基づいて、日本の産業がどうしてダメになったかということに対する主だった考えを、表にまとめてみました。
まず「日本の病」。 明らかに日本はアメリカに比べて3周遅れぐらい、新興国に比べても周回遅れです。 その原因は、いわゆるサイエンス型産業の担い手が、自前主義の「大企業」からオープンな「イノベーターのネットワーク」統合体に変容したにもかかわらず、その把握を怠ってきたから、です。 これは、コンセンサスとして成立しています。
では、なぜ把握を怠ってきたか。 先ほどのルーベンスタインさんのような意見が、「類型的な定説」です。 つまり、日本の産業の周回遅れの原因は、起業家精神、アキオ・モリタとかマサオ・ホリバのような才能ある起業家が欠如している。 これは、日本の文化的要因が背景にある、ということです。 端的に言えば、日本人は勇敢でなく、やはり大企業志向が大きいんだという文化的な問題を指摘しているわけです。
しかし、私はこれに対して、あえてアンチテーゼを出します。 すなわち、日本の周回遅れの原因は、「日本人は勇敢ではない、ヘタレなんだ」などという文化的要因ではなく、「制度的な要因なんだ」ということです。 制度がおかしい。 すなわち、大学の知を身にまとった創造的な若者たちを、起業家にする制度が存在しなかったからだということです。
今から、それを論証してみたいと思います。 実際、私が1984年から1年間アメリカにいた時に、あのころのアメリカの大学生たちは、今の日本の若者のようでした。 ですから、何かがアメリカを変えたんですよ。 それが、何なのかということを示したいと思います。
まず最初に面白い図を出しておきます。 これ、私の研究チームメンバーの藤田さんと一緒に作った「分野地図」というものです。 まずグーグルで「何とか学」っていうのをずーっと調べて、人口に膾炙している順に並べるんですね。 そして39学問を取り出します。 次に各学問の距離を測定していきます。 どうやるかというと、今度はグーグル・スカラーを使いまして、例えば「数学と哲学」というのを同時に含むような論文数がいくつあるかっていうのをカウントするんです。 そうすると、それが、相互作用の強さを意味しますから、それでもって、数学的のJaccard Distanceという概念を用いて、それを距離になおすことができます。 すると(39学問ありますから)39次元空間の中に、39の点がちりばめられた構造ができます。 すると、非常に興味深いことに、平べったいイワシの大群が浮かんできて、要するに分野知図がほとんど2次元で表現できることが分かりました。
こういうのを主成分分析といいます。 第一主成分がこの横軸です。 私、驚きました。 第1主成分について、いわゆる文系と理系が見事に分かれるんですよ。 文系が向かって右側に、理系が向かって左側に来る。 日本語って優れた言語だと思いましたね。 「何とか学」ってやると一義的に決まるんですね。 これ、英語だとうまくいきません。 例えば、「medicine」っていう言葉は、医学を意味することもあれば薬を表現することもあるのでうまくいかないんですね。 日本語だけ、こういう分析ができます。
ですから、日本語でやりますと、横軸の左側が理系で右側が文系ということになるんですけど、それではあまりにもベタなので、左側が「非意識」(unconsciousness)、右側を「意識」(consciousness)と命名しました。 一方、縦軸、つまり第2主成分はですね、これも面白くて、上のほうに医学系があるんですよ。 下の方にどっちかというと工学系とかがあるので、上が「生物」(biotic)、下が「非生物」(abiotic)という軸だということですね。 これは見事な「academic landscape」で、ぼくらは、分野知図と呼ぶことにしたわけです。 で、この分野地図をプラットホーム(platform)にしながら、これから、議論を進めていきたいと思います。
この分野知図に、インタラクション(interaction 相互作用)の強い学問間を点線で結んでみます。 (資料)この図のインタラクションは、第一近接相互作用を表現しています。 これから、たとえば情報学がすべての学問群のハブ(hub)になっているということがわかります。 物理学とか数学がハブになっていますが、それ以上に情報学が全体の中心的ハブです。 情報学は、文系の学問とも非常に強く相互作用しています。 そこで、相互作用が強い10個の学問を結んでやると、ちょうど星座を描くように、こんな図が描けます。
すると、中央に10学問がやってくるんですよ。 数学、物理学、情報学、化学、生命科学、心理学、それから哲学、経済学、法学。 さらに、環境学です。 ただし環境学はちょっと怪しくて、どこの学問ともインタラクションしていないんですよ。 そこで環境学だけ+1という表現の仕方をして、9+1の学問が真ん中にある。 そしてその周りに、5つのクラスター(cluster)が形成されるんですね。 つまり学問は、10のコア(core)学問の円環構造の周囲に、個別学問群が5つクラスターをなすという構造をしているということです。 これ非常に普遍的な現象で、日本語だとこういうクラスターになる。 英語でやると、トポグラフィック(topographic)には同じなんですけど、形はいびつになります。 ともあれ、これをプラットホームにして議論を進めていきます。
さて、突然話は変わって、さっきの「制度要因」の話をします。
私たちは、「SBIR政策」というのに着目しました。
SBIRというのは「Small Business Innovation Research」の略です。 これはどういう政策かといいますと、アメリカは1982年から始めています。 これは、当時日本に負け続けていたんで、日本に追いつき追い越せということで始めたと言われています。 連邦政府のR&D予算の2・5%(現在では、2・8%まで上がりました)が、SBIRに拠出されます。 誰に拠出するかというと、対象は、大学院生とかポスドクとか研究者です。
まず、フェーズ1(フィージビリティスタディ)と称して、800万円-1000万円を「award」つまり賞金にしながら、具体的な課題を提示します。 例えば「国境警備のためのセンサーを作れ」などのように。 全国からの応募者の中から、大体2割ぐらいの競争率でフェーズ1のチームが選ばれます。 彼らは半年かけて研究して、ある成果が出ると、フェーズ2(商業化)に応募することができます。 フェーズ2では今度は、8000万円から1億円もらって2年間、会社を起業して実用化開発に取り組みます。 この1億円というのは、ベンチャー企業をやっている人ならよくわかると思うんですが、非常に良い額なんですね。 ちょうど「死の谷」を超えるのにぎりぎりなんです。 これで会社を起こして2年間がんばる。 そしてこれで成功するとフェーズ3へ進みます。 今度は、お金は出ません。 NIH(国立衛生研究所)の場合はベンチャーキャピタルを紹介します。 DoE(エネルギー省)、DoD(国防総省)の場合は、政府が強制調達します。 新しい製品で市場がないですから、政府が強制的に市場を作るというやり方をとるわけです。
このSBIR政策は、端的な言い方をしますと、「馬の骨」つまり名もなき若者に1億円をawardとしてあげて起業家にするという制度なのです。 つまり「スター誕生システム」ですね。 スターを選び出していってフェーズ3までいかせる。 そういう制度を、アメリカはもう30年やってきたのです。
いっぽう日本はどうしたかというと、実は、1999年に、このSBIRをまねて始めてみました。 ところが、省庁に義務付けられているわけではなく、しかも中小企業を支援する補助金制度に堕してしまいました。 アメリカのように大学の知を携えた若者たちにお金を出すというんではなくて、既に実績のある中小企業に補助金をつけるっていうやり方になってしまった。 その結果、何が起きたかってことを、今からお示しいたします。
まず、私たちはさきほどの分野知図をプラットホームとして使って、こういう分析をしました。
すなわち、SBIRに採択された会社の代表者の出自を調べたんですね。 1998年から2010年にかけて、日本のSBIRをもらった企業を調べあげ、その責任者がどこの分野出身か。 どういう「知」を持って社会に技術をもたらしたかってのを調べるんです。 そうするとですね、20.5%が中学・高校、高専卒業でした。 68.2%が学部卒で、ほとんどが法学部、経済学部卒。 いわゆる脱サラして中小企業を始めたという人たちですね。 それで、博士号、PhDを持っているのはわずかに7.7%。 その約半分が工学博士でした。 日本では、SBIR政策を通じて、最先進の知識をイノベーションに転化する道を作ってこなかった、ということが証明できたことになります。
で、次に、アメリカの例を見てみましょう。 これは、ジェイソン君っていう台湾からの学生さんといっしょに調べたんですよ。 で、2011年に、SBIRをもらった企業のプリンシパル・インヴェスティゲーター(principal investigator)の出自を調べた結果がこれです。
すると、第一に、先ほど言った「コア学問群」、日本でいうところのピュア・サイエンスというんでしょうか、そういうところを出ているんですね、物理学とか化学とか生命科学、それから心理学を出ている人もいました(緑色の円)。 第二に、この医学クラスターを出ている人々(ピンク色の円)。 そして、3番目のクラスターが、工学系を出ている人たちです(青色の円)。 というわけで、アメリカは明らかに「SBIR政策を通じて、土壌下で生まれた最先進の知識を体系的にイノベーションに転換する」という政策を、もう30年間もやってきたということがわかりました。 これは、極めて巧みなやり方で、「もう大学に行ってもアカデミシャンになる道はない。 そこで1億円あげるから、リーダーやイノベーターになってくれ」という政策をやり続けたことになります。
では、このSBIR政策を通じて、どんな新産業を創造したいと思ったのか。 それを調べるために、アメリカのSBIR企業のプリンシパル・インヴェスティゲーターについて、こんな全数調査をやりました。 30年間で、約4万人、つまり4万社できてきているわけですが、その4万人について、最近接学問と第2近接学問をコンピュータで求め、その内分点をプロットしてみました。 すると見事なことに、大体、このコア学問群の中に点が入っていて、こういうピュアサイエンティストの人たちが、会社を起こしてきたことがわかる。 しかも、この図からよくわかるようにピュアサイエンティストの中でも生命科学に軸足を置いた人が多く、つまり、アメリカは、バイオ・メディカル産業を政策的に作ろうとしてやってきたんだということがよくわかります。
それで、日米のバイオ・メディカル産業を調べてみました。 バイオ・メディカル産業って、もしかして、SBIRを出た人たちが作ったケースが多いんじゃないかと思ったんです。 大学院生の山本さんと調査してみたんですが、見事にその通りでした。
日米の「保険薬を製造する企業の売上高の変遷」の図を見てください。 米国の場合、SBIRは、1982年ぐらいにできていますから、しばらくは、その青色の大手ばかりです。 で、赤がSBIRをもらってベンチャーを始めた企業の売上高、黄色はフェーズ2がもらえなかった人の会社、濃い青はSBIRの対象にならなかった人たちの会社なんですね。 これからわかるように、ベンチャー企業の比率がすごく高い。 なおかつ、SBIRで会社を起こした連中が産業を実際に作っているってことがわかります。 一方、日本の方はどうかというと、SBIRで少し売り上げが出ていますが、ほんの微々たるもので、ほとんどが大企業の売り上げです。 というわけで、アメリカは、政策的に、生命科学を出たポスドクとか大学院生に1億円あげて、それで会社を起こさせて、企業を意図的、政策的に作ってきたっていうことがわかります。
それで、バイオの世界では、ずっと会社をやるというより、どっかでM&Aで売ってしまう例が多いので、M&Aでいくらで売れたかというのをデータベースで探し出しまして、それを積み上げていきます。 米国のSBIR企業の売り上げを積み上げたものにM&Aで取り引きされた額を足しています。 これがいわば、SBIRによって得られた付加価値の合計、積算値です。 これをグラント(grant)の額で割ると、費用対効果の比率がわかります。 この紫が現在のデータ、売り上げ+M&Aの額。 それから、この空色が、潰れた会社に支給されたのも含めた全グラントの積み上げ、つまりHSSが出しているグラントの合計額です。
割算をすると赤い線で示しましたように、2011年で、大体45倍ぐらいのキャピタルゲインが得られていることがわかりました。 大成功ですね、この政策は。 2000人の「馬の骨」(無名の若者)に1億円あげて、毎年総額2000億円もの資金をawardをあげ続けてきたわけですが、その結果がこれです。 それによって、国民の冨が45倍上がったということを意味します。
さて、医薬品というのは面白くて、製品の売り上げがわかっていますから、論文と特許と製品が一気通貫で見えるんですね。 ですから、論文と特許と製品を全部調べあげて、その製品が何から由来しているかをずっと探します。 それで分かったのが、この「世界の医薬品売り上げTop50の総売上高」の図です。
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赤線がSBIR由来。 青が普通の大手の製薬産業由来の製品の売上高です。 これを見ると、われわれが使っている薬の2割は、SBIR由来だということがわかります。
さらに、日本のSBIRは国富を増やしたか、という点を経済学的に調べてみました。 米国では、ラーナー(Josh Lerner)という非常に著名な経済学者がSBIRのアセスメントをしています。 SBIRをもらった企業の売り上げ、セールスの伸びと、もらわなかった企業の売上高の伸びと比較しています。
結果を棒グラフで示しておくと、アメリカではSBIR企業の方が1985年から95年間の10年間に売り上げの伸びが断然大きいということをLernerは見つけました。 売り上げに1社あたり平均して3億円もの差があったのです。 つまりアメリカでは、SBIRは成功している。
そこで、Lernerと同じ調査を、日本のSBIRについて大阪産業大学の井上さんと調べてみました。 2006年から11年までの変化です。 SBIRをもらった企業の売り上げはどうなったかというと、1社あたりマイナス2億円ぐらいです。 もらわなかった企業の売り上げの伸びは、マイナス1億円ぐらいです。 これ、非常に奇妙な現象で、もらった企業の方が売り上げを減らしているわけです。 もらった結果失敗しているというよりも、穿った見方ですけれども、もう、潰れそうな会社に補助金として資金をあげているのではないかとすら思われます。 ともあれ、日本のSBIRは完全に失敗ですね。 ですから、イノベーション政策の隊列の組直しは決定的に必要と思います
さて、いよいよ最後の図です。 「21世紀のイノベーションモデル」。
私たちは、どうしても「知の具現化」という方向でしかものごとを考えない癖がついています。 この図を説明するのはちょっと大変なので、最近私が出した本「死ぬまでに学びたい5つの物理学」を読んでいただければありがたいです。 私たちの思考方法は「演繹」と「帰納」から成り立っていると習いました。
しかし「演繹」と「帰納」の組み合わせで研究をする。 これ間違いです。 「演繹」と「帰納」は知の創造をしないんですよ。 唯一、ここに「創発」と書いていますが、「創発」は普通、イマージェンスの翻訳として使いますけれども、ここではアブダクションの翻訳として使っています。 アブダクションっていうのが、―これチャールス・パース(Charles Sanders Peirce)が書いていますが―これこそが知を作っているんですね。 ですから、研究開発ではどうしても、「S(既存の知)→A(既存技術)→A'(パラダイム持続型技術))というのをしがちなんですけど、この土壌の下の「S→P(創造された知)」という知的営みをしないことにはブレークスルーは生まれないのです。 そしてアメリカのSBIR政策は、見事にこのタイプ1をやり遂げてしまった。
私、ブレークスルーには、タイプが三つあるんだって理論を、いろんなところで喋ってますけど、この中で、非常に重要な軸はですね、「知の創造」軸、これ「創発」っていう行為。 もう一個ありましてですね、「知の越境」という行為も非常に大事なわけです。 この知の越境をすることを、ここでは「回遊」と呼ぶことにします。 transilienceですね。 アカデミックにはtransdisciplineという例が多いと思いますけど、ここではあくまで、社会学の術語をもちいて、transilienceという言葉を使っておきます。 それで、この創発と回遊ってのが、実はイノベーションの非常に重要な鍵なのです。
最後に、分野知図に戻りましょう。
私たちは、ついつい、この「コア学問群」を忘れがちです。 だけど、アメリカは、これによって産業を起こした。 基礎研究によって産業を起こしたんですね。 ですから、私たちは、もう一度本質に戻って、産業を起こす、つまりブレークスルーを起こすには、コアのこの10学問っていうのが非常に大事だということを再認識するべきです。 ここをぐるぐるぐるぐる回る、回遊することによって、ようやく創発と回遊のチャネルが開くことになるのだと思います。
私はこの4月に同志社から京大に移って思修館っていう所にいることになったんですけど、思修館で一つ惚れ込んでいる思想があって、それは、「八思」という概念です。 きょう私は、非常に数学的に厳密に「十思」が大切だということを見つけたということを話しました。 まあ、環境学はまだ良く位置づけがわかりませんので、「九思」かも知れませんが、産業を創る上においては。 それがいつも手をつないでお互いが協力するということが大事なんですね。 ですから日本は、もう一度隊列を組み直して、イノベーション政策をやり直し、SBIR政策にならって、この10個の学問をつなぐようなし方で、産業を作るっていうことをしなくちゃいけないんだろうなというふうに結論する次第です。 ちょうど、時間も来ました。 これで、私の最初の問題提起を終わりたいと思います。
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