活動報告/クオリア京都
第5回クオリアAGORA_2013/ディスカッション
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ディスカッサント
同志社大学大学院経済学研究科教授
室田 武 氏
堀場製作所最高顧問
堀場 雅夫 氏
同志社大学大学院総合政策科学研究科教授
山口 栄一 氏
東北大学流体科学研究所教授
圓山 重直 氏
京都大学大学院総合生存学館准教授
山敷 庸亮 氏
山口 栄一(同志社大学大学院総合政策科学研究科教授)
きょうは、ほんとに謎が深まったという気がして仕方なかったので、要約をさせていただきます。
まず、圓山さんが非常に明快に教えてくださったのは、第1に、なるべく早く原子炉建屋及びタービン建屋の周りに水ガラス封じをして、完全な閉鎖系を作れば、少なくとも汚染水を垂れ流すというお粗末は起きなかったはずだということ。 第2に、各原子炉に、いったん汚染水を除染して、それから脱塩をして、そしてまた原子炉に戻すというのは、トイレの水を汲んで、完全に飲める状態にして、またトイレに流すようなばかげたことで、原子炉ごとに完全にクローズドにして循環させれば、それですむことではないか。 この2つは目からうろこでした。 そうすればいいのにということが、この30分のお話で理解でき、納得できたわけです。
しかし、これをやらなかったがために、山敷さんはスピーチで、まだ、各国は声を上げていませんが、外から、まもなくいろんな非難が日本に対して向けられてくるだろうということを予想されました。 これまさに、日本国の国難です。 では、まず、圓山さん、建屋を封じれば汚染水が増殖することはないのに、そして原子炉内で汚染したままの水を循環させればいいのに、なぜしないのか。 そこから教えて下さい。
圓山 重直(東北大学流体科学研究所教授)
さっきもお話したのですが、東電というか、特に日本の大企業の構造的問題もあると思います。 一旦決定がされてしまうと、こんなのダメだよと現場でわかっていても言えない。 言ったところで左遷をされるだけ、というのが多分あるのではないでしょうか。 例えば、穴のあいている原発を、健常な原発と同じように、塩水をやめないと錆びて爆発するからダメだと材料の専門家がいったことが認められたのですね。 もう用をなさないものに対して、普通の原子炉に対する要求と同じものを循環汚染水に要求した。 その時は、正しかったのかもしれない。 一旦規則を通してしまうと、日本の社会っていうのは、状況が変わっても、以後そのルールを守ろうとする社会のモメンタムが働くのです。 このルールはおかしいと現場で思っていても、自分が責任を取ってルールを壊すなんてことは、あえてしようとはしない。
土木の方に聞いた話によると、建物を建てる時に下に砂利を敷いてその上に建てているので、そこに水が流れるというのは、事故初期のころに言われていたのですよ。 トレンチの下を水が流れるので、あそこから汚染水が漏れているのでは、という新聞報道が数カ月前にありましたが、これは土木屋さんの間では常識です。 しかし、その常識が上に上がっていかない。 これが、この事故を、収束ではなく、どんどん大きくしている一番の元凶かなと思います。
山口
そういう東電のミスジャッジって言うか、経営の都合のために、もしも日本国が世界の厄介者になるということがあれば、それはおかしなことですし、もうひとつ、山敷さんが教えてくださったように、その正しい論文を発表しようとしたのに、止められるというのは、私には全く理解できないんですね。 つまり、科学というのは、完全にオープンであるべきだし、科学の議論はこうやってオープンな場でフェアに行われ、そうやって社会の健全な姿に反映させるべきなのに、何でそんな不健全なことが起きているんでしょうか。
山敷 庸亮(京都大学大学院総合生存学館准教授)
はっきり言いますと、漁業者とかですね、風評で経済被害を受ける方がいます。 私、東京湾で派手なことやっちゃったものですから、東京湾の漁協に行ったことがあります。 これ、山崎先生も一緒に行ったんですが、なんとこの時、当時の野田総理大臣の秘書にも会ってですね、とにかく、漁協に話をして、とにかく調査させてくれとお願いしたんです。 結局、調査はそんなにできなかったんですけど、関係者の人は、調査して、もしデータが出たらもう生活できない、という。 で、やっぱりね、今の構造上、原発被害者は全く補償されていない。 賠償されてないんです。 調査の結果で、魚がもし売れなくなったら、彼らは生活できなくなって、それを国とかがすぐにお金を払ってくれる状況じゃないんですね。 それだから、とにかく黙っていてくれと。 これは、もういい悪いの問題じゃなく、生活の問題なんです。 阿武隈の調査なんかも、ほんとに断られ、断られで、「いや、これは放射能測らない」とか「データはテレビには出さない」とか、ずいぶん気を使ってやっているんです。
報道にとっても、ニュースのネタとしては大きいし、私も、正直、悩みがありますね。 研究者としては、危ない情報をいち早く出すのが正義と思ってやるんですけど、その正義で実際に困る人がいるわけですね。 どっちが正しいのか。 消費者としては騒いだほうがいい。 でも、魚からまだ出てない段階でこっちが汚染のことを言ってしまうと、売れなくなるという問題が実際ありまして、そこですね。 かつ、危ないと言った後の国の行動ですね。 すぐにそこに補償が出るかと言うと、そうではない。 悩ましいところです。
山口
なるほど。 私は、この原発事故が起きて、いろいろ調べる時に最初に読んだ本が、きょうお見えになっている室田さんがお書きになった「原発の経済学」という本でした。 これ、1990年代に出ていて、ここに、「(原発問題の)全てが書いてあるじゃないか」というわけで、私はもうそれ以来尊敬していて、きょうは、まさにあこがれの人に会ったような思いなんです。 きょう、お二人のお話をお聞きになって、それに対するコメントを経済学の立場からお願いしたいと思います。
室田 武(同志社大学大学院経済学研究科教授)
おふたりからは、通常の報道ではわからないような貴重なお話を聞かせていただきました。 福島の事故なんですが、どうも、一般的な普通の事故の中での深刻なものという程度としているような認識が多くてですね、今、お話にありましたように、水がどんどん海に漏れていくなんて、はじめからわかっているのに、そんなことないんじゃないかとか、東電とか保安院の方とかは、日本史上ないような大事件が起こっているということを考えてないような気がします。 おそらく、日本で想像もしてなかったようなことが、実際に起こってるわけですけども、そこに、なかなか思いが及ばなくなっているように思います。 これ非常に問題かな、と。 私には、あまりにも事態は深刻だったんですが…。
それで、原子力発電所って、立派な装置のように思いますけども、いかにも技術としてはミスマッチそのものなんですね。 実は、去年、2012年は、蒸気機関を実用化したニューコメンという人に関連する200周年の年だったんですね。 彼が生まれたイギリスでは、いろいろ行事があったようですけど、日本では、なんにもなかったです。 そもそも、大学の先生でも、蒸気機関の発明者はワットだと思っている人が多いですね。 岩波新書なんかを見ても、「蒸気機関の発明者ワットは…」なんて堂々と書いてあり、びっくり仰天します。 事実について、勉強している人も、結構いい加減だなと思います。 ご存知のように、蒸気機関を発明したのは、セイヴァリでありそれを実用化したのがニューコメンなんです。 その年が1712年だったので、2012年が、ニューコメンの200週年ということでお祝いが行われたわけです。 この、ニューコメンのレシプロ式から発展し1889年に蒸気タービンが発明されるんですが、これが原発と大きな関係がある。 100年前にほぼ完成したこの優れた技術に、核分裂の原理を結びつけた技術として原子力発電所ができてきたんですね。 そう考えてみると、原子力発電所それ自身が、技術としてナンセンスと言ってしまえる。 だって、19世紀後半からほとんど完成に近づいていた蒸気タービンに、核分裂の原理をくっつけたわけですから、技術としてミスマッチと考えていい。 100年前の蒸気タービンの技術と核兵器の研究なんかで上がってきた核分裂の技術という、全然違う原理できたものを、一つの容れ物でまとめてしまっているんですね。 セットにならないものを無理に一つにして発電しているわけで、なにか無理が出てくる。 もちろん、無理なものをまとめているわけですから、みんな気をつけて重大な事故が起こらないようにしているわけですが、ただ、何かあれば、核分裂の原理が働いてですね、その後に、ものすごいことになってしまう。
それで、原子力発電所って、立派な装置のように思いますけども、いかにも技術としてはミスマッチそのものなんですね。 実は、去年、2012年は、蒸気機関を実用化したニューコメンという人に関連する200周年の年だったんですね。 彼が生まれたイギリスでは、いろいろ行事があったようですけど、日本では、なんにもなかったです。 そもそも、大学の先生でも、蒸気機関の発明者はワットだと思っている人が多いですね。 岩波新書なんかを見ても、「蒸気機関の発明者ワットは…」なんて堂々と書いてあり、びっくり仰天します。 事実について、勉強している人も、結構いい加減だなと思います。 ご存知のように、蒸気機関を発明したのは、セイヴァリでありそれを実用化したのがニューコメンなんです。 その年が1712年だったので、2012年が、ニューコメンの200週年ということでお祝いが行われたわけです。 この、ニューコメンのレシプロ式から発展し1889年に蒸気タービンが発明されるんですが、これが原発と大きな関係がある。 100年前にほぼ完成したこの優れた技術に、核分裂の原理を結びつけた技術として原子力発電所ができてきたんですね。 そう考えてみると、原子力発電所それ自身が、技術としてナンセンスと言ってしまえる。 だって、19世紀後半からほとんど完成に近づいていた蒸気タービンに、核分裂の原理をくっつけたわけですから、技術としてミスマッチと考えていい。 100年前の蒸気タービンの技術と核兵器の研究なんかで上がってきた核分裂の技術という、全然違う原理できたものを、一つの容れ物でまとめてしまっているんですね。 セットにならないものを無理に一つにして発電しているわけで、なにか無理が出てくる。 もちろん、無理なものをまとめているわけですから、みんな気をつけて重大な事故が起こらないようにしているわけですが、ただ、何かあれば、核分裂の原理が働いてですね、その後に、ものすごいことになってしまう。
きょうは水が一番大きな話題になっていると思うんですけども、どうも、水をジャブジャブかければいいと思っているけれど、水というのは減速材ですから、場合によっては非常に危険なわけです。
山口
きょう見えてきたのは、日本という国はもっと人間の尊厳を大事にして、組織より人間のほうが大事だとする国になろうとイノベートしてきたと信じてきたんですけども、やはり、そうではなく、東電という組織を守ったり、風評被害を重視して正しいことを伝えなかったり、というのは、ほんとに情けない状況だと思います。 それで、人間と会社のあり方は両立するんだってことを教えてくださった堀場さんの意見をうかがいたいと思います。
堀場 雅夫(堀場製作所最高顧問)
きょうの話を聞いて、いくら「大企業病」があるといってもですね、大企業病とか、日本のしきたり―一一旦決めたことはそう簡単になおらない―とか言うレベルのことと違うのではないかと思いますね。 人間の尊厳とかの以前の問題で、私、汚染水がいくらでも流れ出ている理由がわからなかったんですが、圓山先生に教えていただいたわけですけれど、穴があいたまま放ったるなんて…。 小学生でも、水が流れてたら穴ぐらい塞ぎますわなあ。 何はさておいても、穴は塞ぎますわねえ。 例えば、ペットボトルに穴があいて漏れたら、とりあえず絆創膏張るでしょう。 それでもダメなら、ペットボトルをビニールの袋に入れたりして、とにかく液体がそのへんにこぼれないようにする。 これ、人間の尊厳とか、日本のしきたりの問題とかとは関係ないですね。 どんどんどんどん地下水が流れ、海が汚染されている理由が誰に聞いてもわからなかったんですけど、きょう穴があいてるって聞いて、びっくりしました。 それが、放ったらかしてある。 どうも、こんな話、ちょっと、コメントを出しづらい。 思考がストップしてしまいました。 ディスカッションするって何を…、「日本人はアホや」という話なのかなあ。 コメンテーターとしては、機能をなくしました。 すみません。
山口
本当に、日本人はアホだという結論なのかもしれません。 東電としては、なるべくローコスト、ローコストでやっていこうとするうちに、しまいにこうなったということだと思います。 早い時点で「東電にはもう能力ない。 汚染水を処理するケイパビリティーもコンピテンスも失ってしまった」ということに、誰もが気がついているわけですから、監督官庁が、オープンな議論を喚起し、タスクフォースを作って、それで、政府主導でさっさと原子炉周囲の再生プロジェクトを始めるべきだったと思います。 ところが、2年も放置するという失態が起きてしまった。 一体なぜでしょう。 圓山さん、もう少し掘り下げて推測していただきたいのですが。
圓山
本当にバカバカしいんですよ。 事故当時は、腹がたったことがありました。 先ほどスピーチでもいいましたが、トレンチの水を掻い出して、昭和天皇の崩御の際の血圧の発表のように、「夕方、何ミリに下がった、朝にはまた上がりました」とまじめにニュース番組で発表していました。 ところが、これはピラミッド建設の時にも使った原理で、水は平らになるわけです。 透水層のあるところの水を汲み出したら、水がしみ出してきて同じ水位になるのはあたり前の話です。
汚染水だって、「大循環システムができました」と大々的に報道した時、あるアナウンサーが、「なぜ、除染するんですかね」って言ったのです。 すると周りが一斉にしらけて、場面が切り替わってしまった。 予定通りじゃないこと言ったのですね。 何で汚染されている炉心に注水するのに除染が必要なのか、あたり前の疑問です。 その方は素朴に聞いたと思うのですが、誰も答えられず、ニヤニヤして終わっているのですよ。 ばかみたいな話です。
堀場
ちょっといいですか。 わが社は、フランスの原子力発電所に測定器なんかを納めているんで、こないだフランスに行った時に関係者に会いました。 その時の話ですが、「日本は大変な目に会われたけど、これで安心したことがあります」というんですね。 それはどういうことかというと、女川原発のほうが福島より震源地にはるかに近く、震度も高かったにもかかわらず、炉心はびくともしていないということなんですね。 彼らが地震に際して一番心配だったのは、炉心と関連する機器、装置なんです。 その安全性に関しては、シミュレーションでやっているだけだったので、ずいぶん心配だったが、それを、「とても気の毒なことだが、日本で実証してもらえた」というわけです。 その結果、今の原子炉の設計に自信を持ち、問題は供給する電気が切れ、冷却水が止まったということで、これさえ再確認したらいい。 一番の心配が今度の地震ではっきりしたと言っていました。 日本では、女川が大丈夫だったとは一言も言わないし、福島の事故原因も極めて単純だし、これ以上ひどくしない方法も、きょうお話にあったように、極めてプリミティブなんですね。 でも、日本人は、プリミティブの問題を非常に複雑に考えるところがある。 この人は「日本人は頭がいいからね。 フランス人は単純だからね」と言いましたが、こんな皮肉は、ぼく初めて聞きました。 そういう見方をされてるんですね。
山口
そうですね。 そういう意味で、日本のマスコミですね。 マスコミもやはり機能不全に陥っていて、全体に、何か、ある種のフェアネスがなくなってきていると思うんですけど。 こういう馬鹿げたことが起こるということで、山敷さんコメントいただけますでしょうか。
山敷
一番感じるのはですね、東京には、当事者が多いんですね。 日本のメディアも、当事者との利害関係があり過ぎて、当事者の意向を気にしながら報道しているわけですね。 当事者というのは当然、東電、政府なんですが、それだけじゃない。 要は、実際に、東京には放射能がきてますから、それが、大丈夫かどうか。 だから、もう大丈夫って流してしまった。 福島も東京に近いですね。 そうすると、もう、なぜ、関西からもっともっと言わないのかな、と思いました。 とにかく当事者では言えないことがたくさんありますよね。 例えば、「なぜ、除染するのか」というのは、離れたところならいいですが、例えば、福島で「除染をやれやれ」とその場でいうと、大変なことになります。 ぼくの魚の問題がそうなんですが、阿武隈と東京に放射能がある、といって蜂の巣を突っついたようになりました。 実は、東京の大学とかには研究者がいっぱいいるから、なんぼでもできるけど、誰もやりたがらない。 それで、われわれに話が来たんですが、こんなに反響が出るとは思わなかった。 それで、もし、仮に、福井の海であれが起こって、こっちで問題になっていたら、どうだったか。 われわれも、冷静に言えたかどうか、言われへんと思うんですね。
それと、堀場さんの「何でこんなプリミティブなことが」という話なんですけど、「臭いものに蓋」をしてしまってたわけですね。 野田首相も、早く安全宣言をした。 最初に、そもそも、大きな事故だとは言わなかった。 菅直人首相もね。 要するに、小さく小さく見せようとしてた。 すると、ほんとはこうやったとは、なかなか言えないで、2年半が経ったということだと思うんです。 汚染水もそうなんです。 要するに、本当に小さい話でやって、ほっといたら大きくなってきた。 小さいけどやっぱり悪かった、となるのは印象が悪いんですよね。 そうじゃなくって、「こんなに危なくなるかもしれない」と最初に言って、バリアを張る。 そこで国際交渉とかしちゃって、それでよくなったとなると、日本はよく頑張ったな、ってなるんでね。 そういうふうにすべきだと思うんです。
山口
こういうリーダーシップ不在の国が、どうやったら、もう少し健全な国になるんだろうかということは後で議論したいと思います。 それでは、会場から何か質問はありますでしょうか。
加藤 聡子
疑問は、汚染水対策として冷媒で地面を凍らせてストップさせるという話ですが、その冷媒は、いつまで流し続けるのか。 それを、止めた時何が起こるのか。 それと、コンクリートでカバーできるのか。
圓山
原子炉の建屋というのは、最初にもいいましたように、土を全部さらって建てます。 福島原発の場合は、粘土層という、完全とはいきませんが水を通しにくい層の上に、ダムと同じように、コンクリートを重ねて建てられています。 ですから、横っちょを完全に遮水すれば、下は基本的にはほとんど漏れないと思います。 凍土の話ですが、30年間ずっと凍結しなければダメでだと思います。 凍土をやめた途端に、また水が流れますから、放射能を全部片付けるまで凍結させておかないといけません。 数十年と言うオーダーでしょう。
谷本 親伯 (大阪大学名誉教授)
私、こてこての土木屋です。 みなさんの理解を助けることができますし、圓山先生のアイデアにも、いろいろ専門的な知識を出すことができます。 で、凍土で隔壁を作っているのは、あくまで「仮」と考えてください。 30年間続けるというのは、いろんな意味でナンセンスです。 凍土が今、手っ取り早く水を遮断する膜を作るという方法としては、一時認められます。 その凍土でシャットアウトした後に、コンクリートできちっとした不透水層を作るって言うことをやるのが一番いいと思います。 それから、圓山先生がさっきおっしゃった底の部分は、全然そうじゃありません。 ダダ漏れです。 今のコンクリートですんでいるなら世話ないんです。 だから、凍土で止めようという話になっていて、その後、ここもコンクリートでもっとちゃんとした遮断壁を作るっていうことが必要だと思います。 土木の立場から、付け加えさせていただきました。
山口
先ほどの水ガラスコンクリートで各建屋を遮蔽するというのよりも、凍土のほうがいいというのはなぜでしょう。
谷本
透析計算で、均一な層を作って、あるレベルの水は絶対通さないって言うことになると、凍土のほうが均質な膜ができるんですね。 水ガラスは非常に不均質なんです。 私、青函トンネルを作る時、海の底で無尽蔵に水がありますから、それを止めるのに水ガラスを使いました。 しかし、完璧ではないんです。 そういう意味では、原発の基礎地盤は非常に不均質ですから、水ガラスより、仮に凍土壁を作って、その後、均質なコンクリートの盤で完全に遮蔽するというのが一番いいのではないか。
山口
圓山さんどうですか。
圓山
ありがとうございます。 おっしゃる通りと思います。 私、土木の専門でないので聞きかじりなのですが、あそこのところのコンクリートは、ダムなんかでも同じように作っているらしいのですが、コンクリートをブロックにして、その間に膨張係数を調節するものを入れながら積み上げていくというふうに聞いております。 これが全くもれないというふうには思っておりません。 ただし、タービン建屋に比べると、はるかにちゃんと作ってあると認識しています。 タービン建屋の方は、コンクリートと土を混ぜながら人口岩盤を作って建てる普通の土壌改良のやり方で、それに比べると原子炉建屋はきちんとしていると認識しています。
谷本
ただ、粘土層というのも均質じゃないんです。 そこが問題なんです。 どれぐらいの厚さで、どういう状態の粘土層なのか…。 だから、粘土層をバリアにすることは、まず考えないほうがいいんです。 でもう一つは、範囲的に考えると、0・3平方㌔メートルでしょう。 要するに500メートル×600メートルの範囲を完全に封鎖するだけですから、今の土木技術を持ってすればできないわけでは全然ないのです。 それが、なぜ表に顕在化してこないのかなということに、私も疑問を感じています。
山口
青函トンネルでは、水ガラスコンクリートで止めながら工事をしていきましたね。 凍土で止めようとすると1年はかかる。 水コンクリートガラス注入なら、工期はもっと早くできるんじゃないですか。
谷本
いえ、そうじゃありません。 凍土の方が早いです。 応急措置としては、凍土でやるというのは考えられますね。
山口
それを、どうして最初からやらなかったんでしょう。
堀場
どっちにしても、決定しなかったら、これ、早いも遅いもない。 早い遅いの論議と違います。 それを、やるかやらないか、「早く決めよ」というのが問題ではないですか。
谷本
ちょっと、話は変わりますが、去年の12月に、笹子トンネルの崩落事故がありましたね。 私は、結果論ですけど、全テレビ局、全新聞に対応いたしました。 その時に、一番強く思いましたのは、学識経験者と呼ばれる人たちが、なぜ国民に対して無責任な発言を、マスコミの要請に基づいてやるのか。 かなり私、個人レベルで消しました。 こんな単純な問題に対して、四の五のと悩むような問題ではなくって、私が解説してすむことだったら解説しますと。 まだ、決着ついてない部分があります。 で、今、おふたりの先生のご発表になったことが、なぜ通らないのかということを考えますと、ほんとに情けない思いが致しますけれど、マスコミのレベルも、ある意味低いと言わざるを得ませんし、学識経験者と呼ばれる専門家の人たちが、何をもって、こういった、福島のような実際、現実的に厳しい事故が起こっているのに対して発言するのかですね。 そういった面で、私も大学の人間ですから、非常に反省しなければいけないと思いますね。
個人レベルなことですが、心がけることは、非常に短時間でマスコミに対応する時に、難しいことは絶対言わないということです。 まず、思いましたのは、専門家として、マスメディアの人たちにわかるような説明をするということで、ややこしい学術的な論議は一切いたしません。 学術的には不正確な部分があるかもしれないんですけれども、まずこういうことだということを言って、今度はマスメディアが、国民に対して通訳をするような形で機能してくれないとダメだと思うんです。
ですから、きょうおふたりのお話、ある程度、私わかるんですけれど、マスメディアの人が聞いてストレートにわかるか。 あるいは、国民が聞いた時、「こういう問題だなあ」というレベルまでわかるような説明をされているかというと、ちょっと疑問でした。 もっともっと噛み砕いて、わかりやすくストレートにこうだとおっしゃって、まずマスメディアを説得して動かしていくことが必要じゃないかという気がいたしました。
圓山
以前、4号機のプールが地震で壊れたら燃料棒が溶けてドロドロになって爆発するという話がありましたね。 2012年5月の時点です。 テレビ局の依頼で、水が全部抜けたとして、その状態で燃料棒が何度になるかを計算しました。 燃料棒は天ぷら油以上の温度にはならなかったのです。 それで、安全だと言ったのですが、私の真意はカットされました。 この時、1平方メートルあたりの燃料棒の発熱量が手元にあったホットカーペットと同じでした。 これはオンエアされるはずだったのに、カットされました。 つまり、危ないとか燃料が溶けるCGを放映している時に、いかにもホットカーペットでは都合が悪いということなのでしょう。
山敷
今の件に関して、私の立場は、放射能が出ているということを出していますので、大体「危ない側」で報道されるんですけど、じゃあ、「安全だ」というと、今度、「『御用』だ」と言われる。 私の同僚の先生で安全だと言ったがために、実際「『御用』だ」と言われてしまった先生がいるんですけど…。 それで、じゃあ、「安全じゃないけど、心配した方がいい」というと、結構人気が出るんですね。 とにかく、そういうふうには言ってないのになということがある。 例えば、2分間話しても、それがどうちょん切られるかわからないんですよね。 最後に出てきたのを見て、「えーっ」ってことがある。 で、そうなると、自分がいくら自分で情報発信しようとしても、実はメディアには勝てないんですよ。 一回メディアで流れちゃうと、自分が後で、例えば、ブログで抗議したり、抗議声明出せばいいんですけど、まあ、そこまですることもないにしても、違うことはいっぱいあって、違うと言っても向こうの興味がなくなれば報道してくれないです。 あれだけメディアが追ってきたのに、じゃあ、報道してほしいと時に、こっちがいくら流しても報道してくれません。 私が一番言いたいのは、いろいろ数字を出してますから、例えば2兆ベクレルの話はね、これは結果的には報道しなくて残念なんですけど、ある意味、よかったのかなと言う面もあります。 要するに、騒いで終わるんじゃなくて、もっと大事なこともあるかなと思うんです。 一番大事なことは、やっぱり、日本がね、確かににこれから国際的立場が非常に危なくなる可能性がある。 要するに、「出してない」と言っちゃって、しかも、これからオリンピックやるわけですが、そんな中で、日本がですね、リーダーシップがとれるのかどうかが大事なことでね。 やっぱり、事故の直後もね、例えば、堀場さんが女川が大丈夫だという話をされたので話しますが、ここにわが国の原子炉という表があります。 (資料)それに記しておりますが、女川原発はマーク1で1号は84年、2号は95年にできています。 それで、今回、福島の第一原発で事故を起こしたやつは全部70年代で、ほんとに古いんです。 それに、マーク1はアメリカで、ちょっと危ないといわれてましてね、そういうのもあるので、製造者責任でいえば、GEに文句を言えるはずなのに、日本政府は全然、何も言わなかった。 もし、アメリカが汚染水で日本に賠償請求してきたら、まず、GEにマーク1の賠償をさせるべきだと思っていますね。 かつですね、マグロもですね、実は出るんです数字が。 もし、マグロが汚染しているということになった時なんですが、かつて、日本はこれまで原爆マグロを食わされているんです。 ビキニ環礁の水爆実験で、原爆マグロがいっぱい出てね、えーっと、ちょっと忘れましたけど…。
堀場
第五福竜丸
山敷
そうです、そうです。 その時にね、測ってないんです。 いくらだったか、測ることもなく、一定の賠償金、200万ドルでしたか、それで、収めてるんですね。 このこともちょっとおぼえておかないといけない。
山口
議論はつきませんけど、これからワールドカフェに移りたいと思います。 話題はわりと明確だなと思ったのは、多分こういうことだと思うんです。 汚染水処理について、これから日本が被るだろう国際的な非難に対して、こんなにもまじめに考えている科学者がいて、こういう風なフェアな議論ができるわけです。 ところが、東電は一顧だにしない。 政府もそうです。 それから、マスコミも機能不全を起こしている。 となると、市民が納得できるようなシナリオとタスクフォースをオープンに作るにはどうしたらいいかということがメーンのテーマになってくるんだと思います。
もうちょっと言い換えると、科学技術と社会との関係を根本から考えなおすような実践哲学が必要で、それを「京都学」と定義してみましょう。 そうすると、こういう「京都学」は、どのようにすれば日本の将来像を具体的に指し示すことができるんだろうか。 言い換えると、ここに集まった一人ひとりが京都学の担い手になるために、どんな仕組み、教育制度、あるいは学会をつくればよいか。 私たち2030年の未来を考えたいとこの会をやっています。 日本というのは戦略のない国、お粗末な国だということがわかってきた。 だから、われわれ市民が自分で考えていかなければならない。 そういう仕組みづくりをどうやっていこうかということです。
まず、山敷さんがおっしゃったように、いずれ国際的に相当の賠償を求められる事態が発生するでしょう。 そうならないためにはどうリーダーシップをつくれるだろうかということで、どうでしょう。
谷本
まず、圓山先生、山敷先生頑張ってください。 年寄りからの不安があるんですけども、ちょっとどこかに遠慮なさっている。 例えば、研究、調査をされてデータが出てくる。 それを見て漁業者の人たちが嫌だというから、それで躊躇されている。 しかし、われわれ、大学にいる人間には限りない自由が与えられている。 調査する自由がある。 これが真実だと思ったら通してください。 漁民の人がなんと言おうと、事実は事実だという態度をわれわれが持ち続けることが、今、山口先生がおっしゃったことにつながることだと思うんですよ。 大阪大学のグループでね、事故があってからやったことをひとつ申し上げると、原子力の関係の人たちが、放射能を測れるということで県の依頼を受けボランタリーで、温泉地30カ所近い数あるんですが、そこで無線でつなぎ放射能を測ったんです。 すると、最後の段階になって、結果を報告すると、汚染の強いところ弱いところがあって観光地として困るからといわれ、公表をやめたんです。 何のためにそれをしたのか、こういう事実があると、データを出すという態度を持ち続けることが、一番事態を救っていくことになると思います。 安倍さんが、IOCの委員から、「福島の汚染は大丈夫か、科学的根拠を持って説明してくれ」ということに、何も答えませんでしたね。 これ何も難しいことではないじゃないですか。 事故があってから、どういう風な放射能の分布状況かということを説明して、東京はだから大丈夫といえばそれだけのことでしょう。 政府が公表を阻んでいる。 特に文部科学省がそういうことをやらせないように仕組んでいることに対して、我々は何かしなければいけない。 研究費をカットされようが、評判が悪くなろうが、やっぱりわれわれは、これが事実だということを言い続けることが、生きていく理由だろうし、これが、研究者の本領を守る最後の砦なんです。 だから、遠慮しないでやってください。
圓山
谷本先生のおっしゃっていることを私はやっているつもりです。 多分、東電にも政府にも都合の悪いことを書いています。 私は原子力村の人間でもなく、土木も素人ですが、熱とか流体の動きに関してはプロだと思っているので、知りうる限りの知識で、「原発ではこういうことが起きている」ということを書いています。 これから、いじわるされると思っています。 ですから論文は、単著で書いています。 それぐらいの覚悟でないと原発のレポートは出せないのです。
他の先生で原子力の方に、原子力の熱問題について書いてくれませんかといいましたら、「ぼく、怖いんだよ」とおっしゃいました。 これ、分かります。 学者も聖人じゃありません。 やっぱりいろんなこと考えますから、いろんな影響力を考えた時に、正しいと思うから発表できるという人は、そう多くないと思います。 私は、是々非々でやっているつもりなのですが、それが出来ない、言えない人たちが多い。 それが、今度の原発事故で感じた残念なことでした。 おまえは「圓山一派」だといわれてはこまるので、若い人に原発のことをやらせないのです。
山口
では、ワールドカフェのお題なんですが、圓山さん、山敷さんをわれわれはどう応援できるかということで始めたらどうでしょう。