活動報告/クオリア京都

 


 

 

第2回クオリアAGORA 2015/ワールドカフェ



 


 

スピーチ

ディスカッション

ワールドカフェ

≪こちらのリンクよりプログラムごとのページへ移動できます≫

PDFをダウンロードして読む


 


ワールドカフェ




ワールドカフェでは、グローバル社会がより進めば、日本料理、和食はどう変わるのか、また、どう変えなければならないかなどについて、4グループに分かれて話し合いました。 


≪ワールドカフェとは?≫


[ 各グループのまとめ ]



●1第グループ 報告者  片岡 凌祐 (京都大学医学部人間健康科)


日本料理の文化を海外の方に正しい形で広げていくためには、ちゃんとした正しいコード、日本語のユニコードのように日本料理をしっかりコード化することが必要ではないか、と。 その中で、出汁の数値化というのが、京都大学の農学研究科で進んでいるという話があり、実際にコードを作る試みが行われているということでした。 この出汁の話の中で、日本料理は、海外の料理に比べ、味付けとしては薄い。 このため、出汁によって、多彩な魚や野菜などの素材を活かした、そういう食文化によって、日本料理は培われてきたかなという説明もありました。 日本料理の文化を海外の方に正しい形で広げていくためには、ちゃんとした正しいコード、日本語のユニコードのように日本料理をしっかりコード化することが必要ではないか、と。 その中で、出汁の数値化というのが、京都大学の農学研究科で進んでいるという話があり、実際にコードを作る試みが行われているということでした。 この出汁の話の中で、日本料理は、海外の料理に比べ、味付けとしては薄い。 このため、出汁によって、多彩な魚や野菜などの素材を活かした、そういう食文化によって、日本料理は培われてきたかなという説明もありました。 


先ほど高橋拓児さんは、450種類以上の食感があるというお話をされていたんですが、まだ、コード化されていませんが、サクサク、カリカリ、ガリガリ…といった食感はを表現する言葉はたくさんあります。 海外、英語ではcrunchぐらいのものですが、このように、日本には、食感の言語だけでも多彩にあるので、これをまとめ海外に発表するだけでも、日本料理の文化を広めることに繋がるのではないか。 


ただし、日本食を海外に広めて行くための定義化とか洗練とか、いろいろ試みられているのですが、実は、このことが、日本国内でよく理解されていないというギャップがあると感じられます。 拓児さんのような日本料理を洗練させていく存在、それを海外に広げていく存在、日本料理のアイデンティティーを日本人自身が理解できるようになるために伝えていく存在、そういうものが、それぞれが協力してやっていく必要があるんではないかということで、まとまりました。 





●第2グループ 報告者  佐々木 勇輔 (京都大学大学院思修館)


私たちのグループでは、日本食をどうやって世界に広めていこうかということを話しました。 その際、問題となるのが、定義がないっていうことです。 フランスでは、それがちゃんとしたレシピとして本になっていますが、日本食は、そういうものを作らずにきました。 そのため、世界に広める際、ルールブックのような存在が必要だろう。 


それから、食材。 日本食の持ち味は、カツオや昆布といった出汁の味です。 ヨーロッパとか見てみますと、例えばイタリアですとトマト味です。 トマトはビタミン、ミネラルなど栄養豊富で、油脂(あぶら)と相性がいいということがあります。 カツオと昆布は水と相性がよく、それがヨーロッパの文化とマッチすることが難しい。 だから、そうした文化に合う食材ということを考えることも大事です。 


それで、問題として出たのはうま味調味料です。 山口先生がフランスから帰られて、日本食を食べると吐き気を催すようになった。 その原因が、実は、うま味調味料だったとおっしゃるんです。 もう日本人は慣れてしまっているが、山口先生はフランスでの生活でそれがすっかり抜けて、日本に帰ってきた時、もう、うま味調味料が入っていると気分が悪くなるようになった、というお話でした。 これは、日本食のグローバル化の不安材料になるかもしれず、気をつけなければならない。 それと、ミラノ万博で、日本からカツオを持ち込もうとした時、輸入規制がかかったとそうです。 日本独特の食材の例えば発がん物質など、分析をしっかりしないと問題が出てくることになりはしないかという心配な話も出ました。 







●第3グループ 報告者  田中 勇伍 (京都大学大学院思修館)


トピックとしてまとめると二つになります。 


まず、日本文化のグローバル化に関して、柔道のことを先行事例として考えました。 柔道は、日本から発信した文化で、世界に広がり、受け入れらた文化の一つです。 しかし、世界に広がり国際ルールになっていくに従って、日本本来の戦いかたでは、勝てなくなってしまった。 そういう意味で、料理も世界に受け入れられ、広がっていくに任せるだけでいいか? やはり、日本としてのアイデンティティーをしっかり大切に守っていかないといけないんじゃないか。 そして、柔道が勝てなくなったことを反省材料に、日本料理が日本料理であり続けるために、あぐらをかかず、常に上をめざす努力が必要なのではないか。 


それから、2点目は酒です。 きょうの会場には、日本酒がありません。 日本酒が売れれば、日本食も広まっていきます。 このテーブルでは、みなさんワインを飲まれていますが、これ、きっと、フランスの戦略にはめられているんだと思います。 日本酒をどうしたら広められるだろうか、こう考えると、日本の食文化、米など農業への波及効果もあります。 このテーブルでは、最後、なぜ、われわれは、日本酒を飲まなくなったのかということで、盛り上がりました。 





●第4グループ 報告者  辻村 知夏 (京都市立芸術大学彫刻科)


日本料理とはという話をしていて、アイデンティティーの話ですが、これには絶対的なアイデンティティーと相対的なアイデンティティーがあると思うんですね。 プレゼンの中にもあったんですけど、フランス料理じゃないから日本料理というように、否定的定義というか、否定によって価値付けられる日本食っていうのがあって、で、じゃあ、何なんだろうって、でも、日本料理が海外に行った時、例えば、カリフォルニアロールとか言われて、なんか気に入らないよねっていう、そういうなんか、ちょっとした怒りっていうか、プライド、誇りが、絶対的アイデンティティーに繋がる部分になるんじゃないかという話をしました。 


日本料理を特色付けるものとして、水だったり、移ろいのしつらえ、ハレの料理であるとかいろいろあると思うんですね。 いろいろあるから、結構、感覚の世界だと思うんですね。 コスモポリタニズムっていってらっしゃったですけど、それ何かわからないのですけど、何かセンスの部分なのかなって思って、芸術だったり、和食、スポーツ…言葉じゃないセンスの部分。 なんか、コード化されたり体系化されたりして分化されることとは、また、ちょっと別の領域の話かなと思います。 


いくら、文化が、システム化されたところで、日本人が、肝心のセンスを持っていないと、っていう話ですよね。 日本人は、この辺のもやもやしたものがわからないままにきているよねと思います。 例えば、これまでの日本の社会の流れ、60年代「モーレツ」70年代「ビューティフル」80年代は「カオス」90年代の「世紀末」2000年代になり「ミレニアム」ときて、インターネットが出てきて、今、個人主義というか、すごく冷たい状態になってきているのではないか、と。 


これ、まったく、個人的な話なんですけど、ちょっと前、「ペルソナとサクリファイス」ということを友だちとしゃべってて、「君はペルソナ的だね」っていわれたのです。 つまり、仮面を付けて喋っている。 いくら仮面はぶった切られても傷つくことはないので、あんまり熱い話にならないね、っていうことのようなんです。 これ、日本もそうだな、と思います。 日本って、これなのか、と。 攻撃されても、ペルソナだから傷つかないのか、と思ったりして。 これが、今、いろんな問題になっていると思うんです…。 日本は、これまでにも、戦後のGHQの改革とか文明開化とかいろいろめざしたところがあったと思うんですが、もやもやしたままで、冷たい状態になっている。 私は、日本は、切腹する人たちに戻らないといけないと思って。 私は、自分の身を切るというかですね、そういう肉体的な部分で戦うような革命を起こしたいです。 まあ、文脈にないことはできないなって最近随分思うので、ちゃんと文脈を知らないとな、と、はい、思います。 









荻野


では最後に、拓児さんから話していただき、寬さんで締めていただいきたいと思います。 



高橋 拓児 (木乃婦三代目主人)




とても楽しい時間になり、随分勉強させてもらいました。 


日本料理のグローバル化については、実際、問題が山積みで、ぼくたちは、日本料理を研ぎ澄まし、洗練させて世界とどう向き合うかということを考えているのですが、実はもう一方で、子どもの食育とか箸の持ち方、口内調理がどうとか足元のことまでやらないといけない。 これは、本来は食物科の先生や管理栄養士さんが解決すべきことだと思うのですけど、それがちゃんとできていないのです。 子どもたちが箸を持つことをやめる、日本人のアイデンティティーを持たない、食生活が乱れるというのは何を研究しているのかという話です。 自分たちの責務を全うしていただきたいと思います。 また、栄養管理士の方と話をしていると、すぐに栄養の話になります。 では子どもたちが実際に、食が豊かになった今、バランス良く栄養が行き届いていて、食の嗜好性も上がっているという結果が出ているなら別ですけど、若年性肥満や味覚障害などそのようではありません。 研究の方向が間違っているのではないかと真剣に思います。 




中覀 寬 (京都大学公共政策大学院教授)




私の専門では決してないのですが、食の話のコメントで終わらせていただきたいと思います。 先ほどの報告にも出てきました「水」です。 これ、私が気づいてなかった点だなあと思って。 まあ、まさに、地球っていうのは、陸地より水の部分のほうが多いわけですよね。 地球って何かというと、水。 なので、水が、もっと本質的なグローバリゼーションかもわかんないなと思いました。 科学革命でお話をしたコード化のような、現代の最先端の科学がこれまでできなかったような普遍化、グローバル化を可能にしていると思うんですけど、コード化でも追いつかない、還元できなくいものは、われわれにごく身近にある水という存在じゃないかと思うんです。 そういう意味では、日本料理の最も重要な要素は水、日本の水っていうこともありますけど、水と食と人間というのをどういうふうに組み合わせるかというところに、日本文化の一つのグローバリゼーションへの手がかりがあるんじゃないかなあと、お話を聞きながら勉強させていただきました。 





≪続きはWEBフォーラムで…≫

 

 

 

前へ

次へ

 



閲覧数:028786

 

 

Tweet 


 


 

メニューを開く


 活動データベース内を検索

 

  • 空白→AND検索
  • OR→OR検索
  • [キーワード]→NOT検索
  •